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2005年11月25日 (金)

アンマンより

11月11日にほぼ半年ぶりにアンマンにやって来ました。

今、アンマンは秋です。オリーブの木には深い紫色の実がたくさんついて枝がたれさがっているし、ざくろは皮がはじけて赤い実が顔をのぞかせています。スーク(市場)に行くと、黄色く熟したナツメヤシ(生のままだと柿と全く同じ味がします)、柿、栗、サツマイモ?りんごやみかんが山積みになっています。ダウンタウンのローマ劇場前のポプラ並木は紅葉してきれいだし、空はあいかわらず真っ青だし・・・・。今までと何も変わっていません。ただ、街のいたるところに大小のヨルダンの国旗がひるがえり、道行く車や商店のウィンドウには「アル・オルドン・アウワラン(ヨルダン・ファースト/ヨルダン国民として団結しようというような意味)」というステッカーやポスターがはられています。若者や若い女性たちが赤いハッタ(男性が頭にかぶるスカーフで、ヨルダンは赤の格子模様が一般的)を首に巻いて歩いているのも、今までには見たことのない光景です。

11月9日のアンマン高級ホテル爆破事件では罪のない一般市民、結婚式に集っていた若者や赤ん坊までが犠牲になり、「ヨルダンの9・11」に皆が憤りを感じ、テロに対する非難の声をあげました。顔にヨルダン国旗をペイントして赤いハッタを身にまとった老若男女がテロ反対とヨルダン国民の団結を訴える集会や行進に参加する様子などが連日のように新聞やTVで報道されていました。外国人が集まるところや高級ホテル、ショッピングモールに行かないようにという警告が出されていますが、ヨルダンの人々の日常生活が大きく変わったようには感じられません。

アンマン到着直後は国境封鎖や国境でのセキュリティーチェックの強化により輸送時間が長くなることなどから、アンマンからイラクへの薬の寄付が今までどおりにできるかどうか判断に苦しみましたが、今日までに、バグダッドの小児病院へ2回(一部はバグダッドを経由してイラク北部のモスルの病院へ)薬を送り、無事届いたという連絡を受けました。自分で病院まで運んでいたときと違って、自分の手元を離れたあとは、現地の人たちの力に頼るしかありません。いつも確実に届けてくれる人たちに心から感謝します。そして、遠い日本からイラクの人たちへ寄付と励ましの声を送ってくれたみなさんに・・・・。

現在、アンマンで、アラブの子どもとなかよくする会はJIM-NET(日本イラク医療ネット)の一員としての活動もしています。JIM-NETの行うイラクの医療関係者のアンマンでの研修やイラクからヨルダンに治療に来ている子どもたちへの教育支援(院外学級)への協力です。

しばらくの間、現地入りしての活動をしていなかったため、ブログの更新をしてきませんでしたが、1月8日までの滞在の間、アンマンでの活動状況を随時、お知らせしたいと思います。(アンマンでの秋の風景の写真を掲載したいところですが、アンマンについて以来デジカメの調子が悪く・・・・しばらくおまちください。)

                                西村陽子

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